光を描く

個展が近づいていておしりがかちかち山のアーティスト・鳥飼規世です。
本日は絵画教室。レッスンの1つが「光を表現する」というものでした。

みなさん光がなんぞやはわかっていても、さてどう描くか?…としばし固まっていました。そこでわたしがとりあえず見本。持参したF0に紙を水張りしたものに、周りから暗めの色をパレットナイフでざくざく塗り、次に明るめの色を塗り、生徒さんからちょいとパステルかりて、光の表現。洞窟の向こうに明るい空間があるという感じです。(下の画像)

ほほう…とみなさんうなるも、さて…自分の作品としてどう描くか。まだ固まってます。そこで、きっかけとして、こんな風にもちかけて見ました。
「光っているものそのものを描きたいのか? それともどこからか光がさしてきて、そこの空間を描きたいのか?」

1人は「ランタンとか光っているものを描いてみたい。」そしてまた他のひとは「あの辺から(と斜め上を指さし)光がさしてきたようなものをどう表現したらいいかやってみたい。」とのことで、そこからはひとまず自由に描いてもらいました。

光の認識

目的の作品がある程度出来、さて、時間があるからもう一枚挑戦となったときにそこでおもしろい会話になりました。

生徒さんの1人はクリスタルボウルという楽器を奏でる人です。ヒーリング系のサウンドを奏でる楽器ですね。なので、自分でクリスタルボウルを鳴らした時に感じる光みたいなものを色で表現しては?と言ってみました。
「なるほど〜」となり、「あの光をどう表現したらいいだろう?」とつぶやいたのを聞いた他の生徒さんが、「暗い色との対比を描いてみたら?」となったんです。わたしも、前者の生徒さんも、「え?」ってなったんですね。2人とも光あふれる空気みたいなものしか思い浮かべていなかったのです。

「暗さはその場合いらないんじゃない?」とわたし。「えええ? 光あるところには暗さありでしょう?」と後者の生徒さん。

そしてみんなで会話が盛り上がったのですが、結果、それぞれ光に対する認識や考え方が違っていたのです。映画の画面で光に満ちあふれているような、その部分だけを切り取ったものを光と考えず、もうすこし物理学的といいますか、論理的に、「光と闇の対比」あってこその光という考え方。そんな個々の考え方が当然作品にも反映されてくる。これって、他の作家さんの作品も…どころか、人類以外も生きとし生けるもの全体で光の概念が違っていて、表現、生き方、進化そのものすべてに関わってきますよね。


などと、とてもおもしろい2時間半だったので、ブログに記してみました。
みなさん、二枚目の作品は宿題とあいなりました〜。

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